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静岡地方裁判所 昭和53年(ワ)409号 判決 1980年8月29日

原告

海野徹

ほか一名

被告

望月康司

主文

一  被告は、原告海野徹に対し金九五、三七二円、同海野すぎに対し金四七、六八六円とこれらに対する昭和五一年九月一三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇〇分し、その九九を原告らその余を被告の負担とする。

四  この判決は原告ら勝訴の部分にかぎり仮に執行することができる。

事実

第一申立

一  原告ら

(一)  被告は、原告海野徹に対し金八、三四七、一七一円、同海野すぎに対し金五、五九二、五八五円及び右各金員に対する昭和五一年九月一三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決と仮執行宣言を求める。

二  被告

(一)

(1)  原告らの請求を棄却する。

(2)  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

(二)  原告勝訴判決に仮執行宣言が付される場合には担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求める。

第二主張

一  請求原因

(一)  訴外亡海野錠一(以下「亡錠一」という。)は、次の交通事故(以下「本件事故」という。)によつて傷害を受けた。

(1) 発生日時 昭和五一年九月一三日午後二時三〇分ころ

(2) 発生場所 静岡市遠藤新田三二二番三県道梅ケ島昭和線上(以下「本件道路」という。)

(3) 加害車 普通貨物自動車(静岡四四す六七七)

右運転者 被告

(4) 被害者 亡錠一(当時自転車を運転中)

(5) 事故の態様 被告は、加害車を運転して本件道路を静岡市街方面から足久保方面へ進行中折から左方の道路(以下左方道路という)より本件道路に左折進行し加害車の左前方を加害車と同方向に進行していた亡錠一運転の自転車に、加害車左前部を衝突させた。

(6) 結果 その結果、亡錠一は、背部挫創、右下腿挫傷、頭部・顔面挫傷の傷害を負い昭和五一年九月一三日から同年一〇月九日までの二七日間、大村外科医院に入院し、その後も、同月一〇日から昭和五二年三月三日までの一四五日間(実通院日数一一五日間)同院に通院して治療を受けた。

(二)  亡錠一の死亡及び本件事故との因果関係

1 (1)亡錠一は、本件事故により前記傷害を負い、前記のとおり入通院し治療を受けたが完治せず、右下腿には外傷性神経炎が併発して痛むうえに両上肢神経麻痺頭痛等の症状に悩まされ、就労もできず、加えて昭和五二年二月ころからは、不眠を訴え神経症、ノイローゼ様の精神状態を示し、(2)同月二七日には、自殺念慮に駆られ発作的に溢死せんと企だて家族に発見されて未遂に終つたが、その後も前記症状、自殺念慮は止むことなく、同年三月三日、自己及び家族の前途を悲観する余り、「医者へ行く」と家を出たまま、大崩海岸にて入水自殺するに至つた。

2 (1)交通事故により、本件のごとく上腕神経麻痺、外傷性神経炎などの頑固な神経症状を示す傷害を負つた場合、一般にその治療は長引き、症状が目立つて好転することもないため、被害者(特に社会又は家族に対し責任ある立場の者)が、その前途を悲観し、ノイローゼ症状を起す例は多く、発作的な自殺という例も稀有なものではないのであるから、本件における亡錠一の自殺の可能性は、前記の如き神経症状を示す本件傷害に内在していたものというべきである。それゆえ、被告において亡錠一の自殺を予見し又は予見しうべきであつたのであり、本件事故と亡錠一の死亡との間には相当因果関係がある。

(2)仮に、被告に亡錠一の自殺の予見可能性がなかつたとしても、交通事故による傷害が亡錠一の死亡に至る経緯に決定的ともいえる重さで寄与している本件においては、自殺についての予見可能性の有無にかかわりなく、事故と死亡との間に相当因果関係があるというべきである。

(三)  責任原因

(1) 被告は、加害車を自己のために運行の用に供していたものであり、また、加害車の運転者として(2)自車の進路前方を注視し歩行者自転車等の動静を確認しながら運転する注意義務があるのにこれを怠り、本件事故を起したものであるから、自動車損害賠償保障法三条又は民法七〇九条により、本件事故による損害を賠償する責任がある。

(四)  損害

1 亡錠一の損害

(1) 入通院治療費等

イ 治療費 九九七、七一〇円

ロ 入院付添費 八一、〇〇〇円

入院期間(二七日)中、一日当たり三、〇〇〇円の割合による。

ハ 入院雑費 一八、九〇〇円

右入院期間中、一日当たり七〇〇円の割合による。

ニ 通院交通費 八〇、〇〇〇円

亡錠一が通院期間中、交通費として支出した額は、八万円を下らない。

ホ 文書料 四〇〇円

(2) 逸失利益

亡錠一は、死亡当時五九歳で農業を営み、年間約五〇〇万円程度の売上をあげていたが、その内の同人の労働寄与分(実質年収)は、同年齢の男子労働者平均賃金二、三一六、〇〇〇円と考えるのが相当である。

イ 休業損害 一、〇九一、三七五円

(実質年収) 二、三一六、〇〇〇円

(休業期間) 昭和五一年九月一三日から昭和五二年三月三日までの一七二日間

(損害額) 一、〇九一、三七五円

ロ 死亡による逸失利益 一〇、六八二、〇〇〇円

(実質年収) 二、三一六、〇〇〇円

(生活費割合) 三〇パーセント

(就労可能年数) 八年間(五九歳~六七歳)

(中間利息控除) ホフマン計算表(係数は六、五八九)

(現価) 一〇、六八二、〇〇〇円

算式2,316,000×(1-0.3)×6.589=10,682,000

(3) 慰謝料 八五〇、〇〇〇円

亡錠一が、入通院中被つた精神的苦痛を慰謝すべき額としては、入院二七日分として二五〇、〇〇〇円、通院一四五日分として六〇〇、〇〇〇円、合計八五〇、〇〇〇円が相当である。

2 相続

原告海野徹(以下「徹」という。)は亡錠一の長男、原告海野すぎ(以下「すぎ」という。)は亡錠一の妻であつて亡錠一には他に相続人がなく、亡錠一の死亡により、同人の損害賠償請求権のうち、三分の二を原告徹において、三分の一を原告すぎにおいて、各相続により取得した。

3 原告らの損害

(1) 慰謝料 原告各自につき四、〇〇〇、〇〇〇円

本件事故により、原告徹は父を、同すぎは夫を失つたもので、その被つた精神的苦痛を慰謝すべき金額としては、原告各自につきそれぞれ四、〇〇〇、〇〇〇円が相当である。

(2) 葬祭費 原告各自につき三〇〇、〇〇〇円

錠一死亡にともなう葬祭費として原告らにおいて支出した金額のうち、原告各自につきそれぞれ三〇〇、〇〇〇円の部分

4 損害の填補 一、四二九、六四〇円

亡錠一又は原告らは、被告から一、四二九、六四〇円を受領したから、その限度で損害が填補された。

5 以上を合計すると、損害額は、原告徹につき一二、六四七、二三〇円、原告すぎにつき八、四七三、六一五円となるが、本訴においては、右損害額のうち、各四〇パーセントを控除した残額(原告徹につき七、五八八、三三八円、同すぎにつき五、〇八四、一六九円)の限度で請求する。

6 弁護士費用 (1) 原告徹につき七五八、八三三円

(2) 同すぎにつき五〇八、四一六円

右5の請求額の一〇パーセント相当額

(五)  結論

よつて、被告に対し、原告徹は本件事故による全損害額のうち以上合計八、三四七、一七一円、同すぎは同じく五、五九二、五八五円及び右各損害賠償金に対する本件事故の日である昭和五一年九月一三日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告の答弁

(一)  請求原因(一)のうち(1)ないし(4)の事実は認めるが、同(5)は否認し、同(6)は知らない。

(二)  同(二)の1のうち錠一が死亡したことは認めるが、その余は知らない。同(二)の2は争う。

(三)  同(三)のうち、被告が加害車を自己のために運行の用に供していたものであること及び加害車の運転者であることは認めるが、その余は否認する。

(四)  同(四)のうち、1、2、3、6は知らない。4は認める。5は争う。

(五)  同(五)は争う。

三  抗弁

(一)  本件事故は、交通整理の行われていない交差点における出合頭の衝突事故であるが、本件道路は、左方道路に対し優先道路となつており、又、左方道路の右交差点入口右角には物置が建てられており、本件道路右側方向の見通しが悪く、そのため、同左側角の電柱には、交通安全協会の「一旦止れ」の表示板が設けられているのである。それゆえ、亡錠一は、右交差点に進入する場合には徐行し一旦停止したうえ本件道路左右の安全等を確認して進入すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠り漫然と足久保方面に左折すべく右交差点に進入し、折から静岡市街方面から足久保方面へ進行し右交差点を通過せんとしていた加害車の直前に飛び出してきて、加害車に衝突したものである。したがつて、本件事故は、亡錠一の一方的過失に基づいて発生したものであり、被告に過失はない。

(二)  前記態様下に本件事故は発生したのであるから、仮に前記免責の主張が認められないとしても、亡錠一の過失は重大であり、過失相殺がなされるべきである。

(三)  本件事故による亡錠一または原告らの損害については亡錠一または原告らに対して、すでに一、四二九、六四〇円が支払われている。

四  原告らの答弁

(一)  抗弁(一)、(二)は争う。

(二)  同(三)の事実は認める。

第四証拠〔略〕

理由

一  請求原因(一)の(1)ないし(4)、(三)の(1)の各事実は当事者間に争いがない。

二  証人遠藤秀作の証言、原告すぎ本人尋問の結果とこれにより真正に成立したものと認められる甲第八号証、成立に争いのない乙第一号証の一、二によれば請求原因(一)の(5)の事実が認められ、被告本人尋問の結果も右認定を覆すにたりず、他に右認定を覆すにたる証拠はない。

そして、右証拠によれば、本件事故の原因は、本件道路と亡錠一が進行していた左方道路との交差点附近においては、被告運転車両からみて左方、亡錠一運転車両からみて右方の見とおしがそれぞれ不良であるにもかかわらず、被告は左方道路から右交差点に進入してくる車両の動静に注意せず、漫然自車を進行させて右交差点に進入し、他方亡錠一も右交差点に自転車で進入するにあたり本件道路の左右の安全を確かめることなく相当の速度で右交差点に進入左折したため、被告が斜左前方一〇メートルの地点に亡錠一運転の自転車を発見して、急遽右にハンドルを切つたが間に合わず被告運転自動車の左前部を亡錠一運転の自転車の後輪に衝突させ、これを転倒させたものであることが認められる。

三  成立に争いのない甲第二ないし四号証と原告すぎ本人尋問の結果によれば請求原因(一)の(6)の事実(ただし通院期間は昭和五一年一〇月一二日から同五二年二月二八日までである。)が認められ、右認定に反する証拠はない。

四  成立に争いのない甲第一ないし四号証、証人大村定男の証言、原告すぎ本人尋問の結果とこれにより直正に成立したものと認められる同第五、六号証によれば請求原因(二)の1の(1)、(2)の各事実が認められ、右認定を覆すにたる証拠はない。

しかしながら、右(1)の事実が認められるからといつて、それだけでただちに右(2)の事実が通常生ずべき結果であるとはいえないし、またその予見可能性があつたと認めることは相当ではないから、亡錠一の自殺と本件交通事故との間に相当因果関係があると認めることはできない。

五  以上の事実によれば、被告は本件事故によつて亡錠一が受けた傷害によつて生じた損害についてのみ賠償する義務があるというべきである(請求原因(四)の1の(2)のロ、同(四)の3は、いずれも本件事故による損害とは認められない)。

六  成立に争いのない甲第二ないし四号証、同第一一ないし一四号証と原告すぎ本人尋問の結果によれば請求原因(四)の1の(1)、(2)のイの各事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

七  以上の事実によれば、請求原因(四)の1の(3)の主張は相当である。

八  しかしながら、本件事故の発生については、亡錠一にも前示のような過失があることが認められるから、被告は右錠一が蒙つた前示損害(合計三、一一九、三八五円)のうち、その五割に相当する金一、五五九、六九三円について賠償する責任があると認めるのが相当である。

九  成立に争いのない甲第九、一〇号証によれば請求原因(四)の2の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

一〇  抗弁(三)の事実については当事者間に争いがない。

一一  以上の事実によれば請求原因(四)の6の(1)については八、六七〇円、(2)については四、三三五円の限度で認めるのが相当である。

一二  よつて、本訴請求のうち原告徹については九五、三七二円同すぎについては四七、六八六円の各損害金とこれらに対する昭和五一年九月一三日から支払ずみまで年五分の割合による各遅延損害金の支払を求める部分は理由があるから、これを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文、仮執行宣言につき同法一九六条を適用し、仮執行免脱宣言の申立については、相当でないから、これを却下して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大見鈴次)

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